~エッセイ~私たちの労働・生活・社会
その3 労働組合運動──意義ぶかいふたつの営み (10.7.9記)
現代日本の主流派の労働組合運動は、労働現場の人びとから総じて辛辣な評価をまぬかれていない。けれども、最近はじまった次のふたつの営みは、きわめて意義ぶかいスタートとして注目されるべきであろう。
ひとつは、情報労連の方針にもとづいて傘下の単組が、昨年は13社、今年は2社で「勤務間インターバル規制」の協約を締結したことだ。インターバル規制とは、仕事が終わってから次に仕事を始めるまでに一定の休息時間を義務づける規制であって、その出発点となったEU労働時間指令(93年)では、その水準は「最低連続11時間」であった。たとえば前日の退勤が23時であれば翌日の出勤は10時でよい。EU加盟国の場合、週労働時間は残業を入れても4ヶ月を通じて48時間以内という、もうひとつの労働時間規制もあるため、週50時間も働く人は10%に満たないのがふつうである。イギリスのように、この48時間規制に適用除外がある場合にも、インターバル規制は義務づけられていて、労働者の心身の消耗は防がれているという。
日本は働き盛りの男性の22~23%が週に60時間以上も働く国、それにこれはさすがに例外的であろうが、残業が月80時間未満であれば給与を減額するという大手「日本海庄や」のような和食チェーンさえみられる国である。サービス残業の常態化や労働時間の個別管理の進行もあって、一律の労働時間短縮もなかなか進まない。労働者の働きすぎ、心身の消耗、ストレスや鬱の激増はすでに周知のことだ。激しい企業間競争のもとで通信インフラ工事やソフトウェア業務に携わる企業の労働者も例外でなかった。そんななか、つとにインターバル規制の必要性を唱えてきた濱口桂一郎の示唆もあって、その導入を方針とした情報労連傘下「通建連合」の諸組合が、その協約化を求めたのである。今ではどこから手をつけていいかわかりにくい労働時間管理の個別化を巧みに迂回する、それは生活者の視点に立った労働時間短縮の画期的な戦略といえよう。
とはいえ、インターバルの水準はといえば、1社が7時間、10社が8時間、8時間+通勤時間が2社、10時間が2社である。長時間労働の日本の現状を反映して、それはEU労働指令の11時間よりはるかに短い(以上、朝日新聞2010.6.2、およびインターネット情報参照)。たとえば義務の休息時間が8時間にとどまるならば、通勤・食事・入浴などの時間をのぞけば、睡眠はぎりぎり6時間を確保できるにすぎない。インターバル規制導入の目的であった健康の維持やワーク&ライフ・バランスの達成はなお危ういのである。ともあれ、意義ぶかい営みがここに着手された。こうした協約闘争はすべての産業に広げられ、休息時間はせめて10時間程度が相場とされ、法制化も追及されねばならない。
もうひとつは、連合本部が今年、事務系派遣を中心とする日本人材派遣協会(約700社)と製造業派遣を扱う日本生産技能労務協会(約100社)との間で、派遣労働者の労働のあり方をめぐってはじめて「対話」・協議に入ったことである。
2月22日の派遣協会との協議では、派遣切り防止への対応や法令遵守、派遣社員の職業能力開発などについて話し合い、協会は「派遣は正社員と共存すべき働き方だという認識を共有できれば・・・」と微妙な対応を示したという。現状では、派遣社員が加入する労働組合が(たとえあったとしても)派遣先と交渉できるのは作業条件などに限られている。雇用や賃金などの主要な労働条件についてたとえば「派遣ユニオン」が闘おうとしても、派遣先の企業別組合の協力はまず期待できない。だから、労働条件の交渉先はどうしても、実質的な力関係において派遣先に従属的な雇用主、派遣元企業にならざるをえない。それゆえ、連合が人材派遣協会などとの協議を求め、連合傘下の全国ユニオン(派遣ユニオン)が雇用確保や賃上げの要求書を協会に提出することには大きな意義を認めることができる。スウェーデンの事例を思い起こす。そこではすでに2000年、ホワイトカラー労組、ブルーカラー労組が相次いで、派遣労働者の賃金を派遣先労働者のそれと均等待遇にする、その月収を(派遣業務がなくても)75~85%にするという協約を、人材派遣業界との間に締結したのである。 このようなスウェーデンでの達成からみれば、このたびの連合の試みは第一歩とさえいえないかもしれない。それは労使交渉でも、ときに実質的な規制力を発揮することのある普通の協議ですらない。もう少し「対話」の内容をくわしく知りたい思いに駆られるけれど、協会側もおそらく「私たちは各社の賃金などを規制できる交渉団体ではない」と論じたことだろう。事実、5月24日にまとまったのは「共同宣言」であった。そこでは、協会の役割として、派遣労働者の能力向上に賃金水準の確保、業界横断の教育訓練制度創設を「検討する」こと、連合側は、労使協議を通じて関係法令の遵守を求めること、適切な派遣料金の設定に向けて「点検を進める」ことがうたわれているにすぎない(以上、朝日新聞2010.2.11、2.26、5.23、毎日新聞2010.2.23参照)。
「政局」の変動もあってペンディングになった派遣法改正は、2ヶ月以内の短期派遣、専門26業務または派遣会社の「常用労働者」以外の登録型派遣・製造業派遣を原則禁止する内容である。一般労働、単純作業の細切れ雇用を非合法とするこの改正にはもちろん大きな意味がある。だが、すでに指摘されているとおり、企業による有期雇用というものの「活用」に高いハードルが設けられないかぎり、契約期間のつきたこれまでの登録型派遣労働者は、派遣先企業の有期契約社員か、派遣企業の「常用労働者」(ふつう1年以上の雇用があれば「常用」とみなされる)に変わりこそすれ、彼ら、彼女らの雇用不安定と低賃金は根本的には変わらないだろう。
派遣労働者のすべてを正社員にすることはさしあたりできない。長期的には、すべての非正規労働者が、その立場のままでも、みずからの労働のありようを左右するすべての企業に、労働条件の改善を要求し交渉することのできるような労使関係の構築が、なによりも必要であるように思われる。派遣であれパートであれアルバイトであれ、どんな働き方でもやってゆけなければうそなのだ。この議論は、さしあたりいかにも迂遠にきこえようが、上記のスウェーデンモデルを夢見て、私は着手されたばかりの連合の人材派派遣協会との協議を注視し──ここから始めよう──それが派遣労働の現場で苦しむ人びとのニーズと闘いを説得力とするような交渉に育ってゆくことをひたすら期待するものである。その交渉の使用者側に、問題によって当事者能力がないならば、もちろん派遣先企業の労務もそこに召喚されるべきである。






