~エッセイ~私たちの労働・生活・社会
その2 卒業して5年──ある女性フリーターの軌跡 (10.5.23記)
2003年に高校を卒業した若者の「その後」を追跡する乾彰夫らの調査研究から、ひとりのフリーター女性の就業史を紹介しよう。その人、浜野美帆(仮名)は、下町にある「入学難易度ではもっともやさしい」都立高校を卒業して5年の今、「インターネットで男性客との会話の相手をするチャットレディのアルバイト」をしている。
美帆がまだ小さいとき、母は夫の暴力から逃れ4人の子どもを連れて東京にきた。化粧品会社のデモンストレーターとして働いたけれども、やがて病気になり、生活保護を受ける。姉と兄は家を出ていたので、高校3年の美帆の家族は母と弟の3人だった。卒業に際し、美帆は当初、専門学校での美容師資格の取得を希望したが、合格した学校の学費を用意できなかった。そこでやむなく、美容院に見習い就職をして、資格をとる通信教育をはじめようとする。
卒業後1年、美帆はチェーン店の美容院で働いていた。接客係では声が小さいと叱られ、動員係では他の人より「戻り」(配ったチラシを見て来店した客)が少ないとなじられた。勤務は準備や閉店後の練習時間も含めると13時間にもなったが、手当こみの給料は16万円ほど。すべてがつらく何度も辞めたいと思ったが、何度も自分を励まして思い直した。しかし2年目の6月、同窓の親友と行く約束をしていた、美帆にとってはかけがえのないインディーズバンドのライブの直前に出勤を命じられたことから、「こらえていた気持ちがくじけ」、ついに辞めることになる。
卒業後3年、浜野美帆は派遣で働くインターネット回線販売のテレフォンアポインターであった。1日に何百本となく電話をして、取れる契約はよくて7~8件。当初の時給は1500円だったが、研修が終わると成績給になり、1050円しかもらえなくなった。やる気が萎えて徐々に勤務時間も短くし、今は半ばニートみたいなものと面談者に語っている。そのほかはパチンコ屋、倉庫管理、カラオケ店などのアルバイトにも入った。そんな美帆に、母や日曜ごとに帰ってくる姉は、美帆が家に入れる金額が不確かなこともあって、仕事に腰が据わらないことを責め続ける。美帆がやりたいことは「もう専業主婦」であった。漠然とした希望にすぎない。「10年後には、すげぇ疲れていると思う。精神的に病んでいるかもしれない」とつぶやいている。
テレアポの仕事を辞めたあとは、和菓子屋、葬儀屋、漫画喫茶、居酒屋などのアルバイト。休みの日には日雇い派遣にも携わる。個人に電話で融資を進める金融関係のアルバイトもしてみたが、仕事のいかがわしさになじめず1ヶ月で辞めている。弟が就職したために生活保護が打ち切られたことも、生活のインパクトになった。姉、弟、美帆の3人で入金して病身の母を支えるのだが、母の治療費がかさむため、美帆には月20万円というノルマが課せられた。ダブルワーク、トリプルワークでやりくりするものの経済的な困窮は続き、そんなことから母や姉との間で激しい諍いも生まれる。しかし家を出れば、美帆もまた「ネットカフェ難民っての、確定だな」というわけだ。
それでも美帆は、この5年間で「一つの仕事がいくらかは長持ちするようになった」 「フリーターという不安定な身分であっても、1年を超えて同じところで働き続けられるようになってきた」と感じている。そう感じるのは、現在のチャットレディ仕事が比較的に働きやすいためか、転々とした非正規労働者体験からくるある悟りのためか、なおよくわからないけれども──。ともあれ、一番思うのは、先が見えないこと、「すごい狭い空間のなかを、一生懸命脱出しようと思っている感じです。追い込まれて追い込まれて・・・」という意識はつきまとって離れない。
このような浜野美帆の生活史は、乾彰夫『<学校から仕事へ>の変容と若者たち―個人化・アイデンティティ・コミュニティ
』(青木書店、2010年)が記すところを実は一歩も出ていない。これと類似する非正規ワーキングプアの経歴はときにすぐれた報道(たとえば朝日新聞08.4.30 諸麦美紀署名)に散見されるけれども、この乾らのヒアリングは、高校3年時、卒業後1年、同3年、同5年という各時点ごとに、転変きわまりない非正規雇用者の労働史を、被調査対象者との培われた信頼関係なしには難しい詳細さで明らかにしている。労働研究はこのような記述に学びたい。あえてノートのごときものを記した次第である。
あらためて教えられ確認させられた諸点について、二,三のコメントを加えよう。 フリーターや派遣労働者の若い女性たちがまさに格差社会の底辺を漂っている。父親のDVからくる母子家庭化、母の不健康、生活保護、偏差値の低い高校、職業能力を身につけうる進学の難しさ・・・。これはほとんど西原理恵子の世界である。それら重層的な要因によるバックグラウンドの文化的・経済的な資産の乏しさが、次世代の若者の職業生活に大きなハンディキャップとなっている。
それに今では女性に限られないとはいえ、彼女らがたいていは非正規雇用で入ってゆく多くの会社は、長時間労働なのに低賃金で、しかも人を育てるよりは人を痛めつけて「結果」を出させる「ブラック会社」である。きびしさはあれ、よい先輩もいて、そこで働き続ければキャリアーが開けてゆくという展望をもてる、そんな職場ではない。離職率が高いのも当たりまえ、しかし辞めれば次の職場はより「ブラック」かもしれない・・・。それでも彼女らは、テレアポ、チャットレディ、キャバクラなどをふくむサービス、販売、受付、労務など、オンコールの単純労働を求める都市雑業のパノラマのなかを必死で仕事を探し求めている。ひどい待遇の連続に倦んでニート化したり、もう専業主婦になってしまいたいと願うのももっともというほかない。
音楽やコミックの楽しみをともにした同窓の友人たちの存在が、不器用な女性たちの心の瓦解と絶望をぎりぎりのところで救っている、乾らは心を込めてそう論じている。この「地元ネットワーク」のところを読むと暖かい気持ちになる。とはいえ、この種のネットワークは、今ではぼろぼろになりがちな家族以上に帰属意識を与えるかもしれないが、地域ユニオンとは違って、助け合って職業生活の方途をつくりだす連携にはならないだろう。それができるようななんらかのソサエティの構築はどこに手がかりを求めうるだろうか。それがこれからの若者たちの課題である。








