~エッセイ~私たちの労働・生活・社会
その12 新入社員の健全で脆弱なノンエリート意識 (2011.11.15記)
最近の若い労働者は、働くことについておよそどのように考えているのだろうか。
それを推測する手がかりのひとつに、いくつかの機関が春か秋にその年の新入社員を対象に行うアンケート調査がある。もともとアンケートの回答というものはおそらく選択肢の文章や含意にかなり左右されるゆえ、回答の分布比率は現状を分析する資料としてはベストではありえない。しかし、この種の新入社員意識調査は、ほぼ毎年実施されていて、傾向を見るに便利な点もある。しばらくのぞいてみよう。
たとえば新入社員は、処遇方式について、能力・成果主義的な処遇と年功序列のどちらが望ましいと考えているのか。日本生産性本部(09年度新入社員)調査では「年齢・経験を重視して給与が上がるシステム」の希望者が48.1%で、91年の調査開始以来の最高であった(朝日新聞10.1.19)。日本能率協会(10年度)調査では、年功序列の会社で働きたいという若者が50.4%で前年度より8.6ポイント多く、01年以降でやはり最高という(毎日新聞10.4.20)。また、インターネット調査会社マクロミル(10年度)の調査が示す望ましい賃金体系については、年功序列型が41%、能力主義型が35%である。前者の選好は08年に32%、09年に37%(10.5.30)。傾向的な増加だ。以上に関わって、最初に紹介した生産性本部の調査の別の回答では、「人より多くの賃金を得なくても食べて行けるだけの収入があれば十分」と考える新入社員が47.1%にのぼり、これも06年に設問が開始されて以来の最高水準なのである。
会社への定着志向についてはどうか。産業能率大学(11年度)調査によれば、「終身雇用」を望む新人は74.5%。前年の71.1%を超え、これまた過去最高である(日経MJ 11.6.24.)。また、先のいくつかの調査が、転職・独立(起業)か定年まで勤務かの選好を尋ねているが、その結果は予想どおりだ。50%が「定年まで勤めたい」という日本能率協会による調査の数値は、06年の27.2%からの倍増である。生産性本部(10年度)調査では、「今の会社に一生勤めたい」新入社員は、2000年前後には20%台だったのに、このたびは過去最高の57.4%にのぼった。それに対して「起業して独立」派は過去最低の12.8%。転職など「しないにこしたことはない」と言う若者も過去最高で34.2%である(読売新聞10.4.22)。これと関連して、産業能率大学調査によれば、設問の文章はいくらか「前向き」にすぎるけれど、最近の傾向として、新入社員では管理職志向(部下を動かし、部門の業績向上の指揮を執る)が専門職志向(役職には就かず担当業務のエキスパートとして成果を上げる)を凌ぐ傾向にあるという。 最後に、10年秋に実施された就職情報会社「毎日コミュニケーションズ」による、2011年春に入社予定の「学生」と入社2~5年の「若手社会人」の意識の比較を紹介しておきたい。学生のほうが社会人よりも2倍近く「愛社心」がある。しかしもっと印象的なのは「出世」意欲の差だ。「出世したいと思わない」若者は学生では15.7%にすぎないのに、すでに働いている社会人では実に48.1%を数えるのである。
以上に紹介した調査の回答者は、少なくて約400~500人、多くて2000人弱と限られており、若年労働者としての代表性はいまひとつかもしれない。けれども、上の諸結果では、現時点の新入社員たちが、「時代の合意」であるはずの能力・成果主義に疑惑と怖れを感じていることは明らかである。この選好は、2000年の頃から急速に高まり、「過去最高」というタームの頻出が示すようにますます強まっていることもわかる。新自由主義志向の財界人や知識人が「それがなければ日本は沈む」と主張する、終身雇用なぞに恋々とせず能力主義的競争に打って出よという期待は、いわば聞き流されている。回答者の多くはしかも、前向きのがんばり主義を鼓吹される「新入社員研修」を受けた者なのだ。若年労働者一般の間では、こうしたノンエリート主義はいっそう兆しているだろう。
ここには、しんどいシューカツ体験や、企業社会での能力・成果主義的選別の到来を確実視させる職場状況への若者の対応意識がみられる。2000年代初期には現実に実施されたリストラへの怯えもある。出世のイス取りゲームのために心身をすり減らしたくない、雇用の安定があれば「人並みの」賃金でよい──「識者」はなにを嘆くことがあろうか。これはきわめて自然で健全な労働意識にほかならない。
とはいえ、問題はここからはじまる。現実には、少なからぬ若手正社員が、ほどなく「即戦力」のノルマ達成競争に巻き込まれ、超長時間労働を余儀なくされ、ハラスメントとの境界も曖昧な上司の指導・督励に心身を疲弊させて辞めてゆく。あるいは従業員よりも早く終身雇用に固執しなくなっていた経営側によって選別排除されてゆく。その実質上の解雇を「自己都合退職」と言いくるめられたりもする。上のようなノンエリート主義は、こうした状況に抗いうるほど強靱ではないのだ。端的なエピソードをあげれば、POSSEの08年街頭アンケートが明らかにしたように、若者労働者の実に76%は、明らかに非合法な働かせ方に対して泣き寝入りしてしまうという。
もう少し穏やかな例をあげる。「デートの約束の日に残業を命じられたらどちらを選ぶか」という周知の意識調査がある。私はかねがね、サラリーマンはいずれかを真の希望どおり選ぶことができるとは考えないだろうから、この日本生産性本部の調査には疑問があった。だが、これも暦年のアンケートであって傾向はわかる。09年の新入社員3172人の場合、残業を選ぶという人は83%、調査開始の72年以来の最高に達した。17%のデート派は91年の37%をピークに減少を続けている。ちなみに残業派は、男性79%、女性88%である。予想に反する結果ではあるまい。いっそうの難関をくぐり抜けて「社員」になった女性の、これは仕事に対する男性以上の前向き志向をあらわす。あるいは、働く女性は今では男性以上にデートのありかたを決めうるのかもしれない。ちなみにもうひとつ、同じ調査は、新入社員の間でのリストラの不安の高まりとともに、「人並み以上に働きたい」という回答が08年よりも2ポイントふえて46%であったことも伝えている(朝日新聞09.7.5)。
たかがデート、されどデートというべきか。残業派の圧倒性と増加傾向は、私が兆しを見いだした若者のノンエリート主義が、働きかたについてはなお脆弱であることを示している。それが強靱であれば、日本の企業社会でも「一律型ワークシェアリング」(拙著『リストラとワークシェアリング
』岩波新書、参照)が可能になるだろう。だが、新入社員もほどなく、ゆとりをもって働こうとするなかまの雇用を守るよりは自分の収入を増やしたい、機会の平等があれば能力・成果・やる気の発揮の結果として地位や収入に大きな格差が生まれるのは当然だ・・・と言い募る大人の精鋭サラリーマンに近づいてゆくだろう。ただし、会社の要請に過剰に適応して燃えつき、望まなかった退職や転職を余儀なくされることがなかったらの話である。








