この映画を見て!



その3 2010年4月~5月(10.6.21記)

女たちの絆---『女の子ものがたり』

あなたに本当にわかるのかといわれればそれまでながら、総じてしがない女たちの友情や絆を描くすぐれた映画は、私がもっとも感動を覚える作品群のひとつである。「ぱっとしない」、ときに不様な人生を送る女性たちは、おそらく不遇の男たち以上に、男の横暴やジェンダー規範のもたらす生きがたさを共有している。その生きがたさをわかりあえる友だちがあってはじめて、彼女らはなんとかやってゆける──いつもそう納得させられるからだ。

たとえば91年のアメリカ映画『テルマ&ルイーズ 』(リドリー・スコット)。男たちとのしがらみを離れてドライヴ旅行に出た主婦(ジーナ・デーヴィス)とウェイトレス(スーザン・サランドン)は、不可避の成り行きから手を染めることになった犯罪での協同に生々とした解放感を知ってしまう。権力に追い詰められても、もうかつての拘束の女生活に戻ることはできない。死にダイビングするテルマとルイーズのかたく握りあわされた手の映像。それは忘れられない「燦めくシーン」のひとつだった。 現代の日本については、西原理恵子のコミックを原作とする、私の昨年度ベストのひとつ『女の子ものがたり 』(森岡利行)をあげたい。

スランプの漫画家、36歳の高原菜都子(深津絵里)が、高校卒業後まで過ごした田舎町での日々を思い起こす。その地の新しい父親の元に母とともに引っ越ししてきたなつみ(大後寿々花、後の菜都子)にとって、きみこ(波留)とみさ(高山侑子)は、なんでも語り合い、一緒に放埒に行動もする無二の親友だった。ともに貧しく、家庭的にも恵まれないきみことみさは、しあわせな将来を夢見ながらも、二人ともいつもどうしようもない男たちにふりまわされ、ひどいDVを受け、そのうちに捨てられるというぼろぼろの生活を余儀なくされている。

そんなだらしない二人をなじって喧嘩したなつみは、ついにあんたなんか出て行けといわれてしまう。そこでなつみは、自殺した父の保険金100万円を母から受け取って上京し、漫画家として身をたてることになる・・・。その後、みさは行方不明となり、きみこは死んでしまうけれど、菜都子はスランプ期のいま故郷を訪れて、きみこがいつも菜都子の作品を愛読していたことを知る。思えば親友たちは、本当は、絵の才能があり(自分たちとは違って)男に依存しないなつみは、こんなところにいるべきじゃないと背中を押したのだ。今それがわかる。この喧嘩と励まし、きみこの死については原作とは異なる──原作ではきみこは「だんなに何回も殴られてどうにか離婚して、神様と娘とでいっしょうけんめい生きている」──とはいえ、映画の菜都子も「私はみさちゃんときいちゃんが好きだ。ともだちだ」と顧み、気力を取り戻すのである。



『パーマネント野ばら』の余韻

やはり西原理恵子の原作による最近の『パーマネント野ばら』(吉田大八)は、そんな私にとってもちろん、すぐに見に行きたくなる作品であった。

離婚したなおこ(菅野美穂)は幼い娘を連れて、母が美容院を営む故郷の港町に帰ってくる。これからどのように生きてゆくかがはっきりしない、どことなく存在感の希薄なこの女性は、しかし地元の高校教師(江口洋介)との時折の逢い引きだけが生きがいであるかにみえる。だが、高校時代からの恋人であった教師は、(オンエアーの映画なので書いてしまうのに気が引けるけれども)実は在学時代に入水自殺しており、いっさいは幻想なのだ。例によってなおこには、地味な職場で働いているらしいともちゃん(池脇千鶴)と、男にいつも裏切られながらもしたたかなクラブのママみっちゃん(小池栄子)という二人の親友がある。この二人は、なおこの幻想の恋が現実のものであるかのように彼女に接しており、その暖かさが心をうつ。柔らかい言葉と微笑の池脇、万事気っぷのよい小池、ともにこの上ない配役である。ちなみに怪我をした愛人のDV男を、「きいちゃん」と違って、ベッドから蹴り落とす小池栄子のたくましい太腿の閃きにふれて、私は本当に愉快になったものだ。

最後のシーン。幻想が昂じて、なおこもまた入水してしまうのではないかと観客は不安に襲われるけれど、浜辺に駆けてきた娘のよびかけに、なおこはふりむいてにこっとする。管野美穂の表情がすばらしい。甘いかもしれないが、そう来なくっちゃと思う。この作品はストーリーの結構も小さく、西原の作品が垣間みせる社会的な地獄のさまもあっさりしているが、これもまたまことに余韻ゆたかな佳篇なのである。

西原理恵子作品を原作とする映画には、少し前にもうひとつ、02年の『ぼくんち 』(阪本順治)がある。さびれた漁村で暮らす少年の兄弟を、帰ってきた風俗嬢の姉(観月ありさ)──原作と違って映画では本当は母──が、なんでもありで稼ぐ生活が立ちゆかなくなるまで支えようとする物語。笑っているうちに泣かされる。傑作である。



『フローズン・リバー』の溶けるとき

 さて、底辺を這う女性たちの絆という点では、最近のアメリカ映画の秀作『フローズン・リヴァー』(コートニー・ハント)を見逃すことはできない。

アメリカ最北部の田舎町、1ドルショップの店員をしながらおんぼろのトレーラーハウスで5歳と15歳の息子を育てる主人公レイ(メリッサ・レオ)は、クリスマスのころ夫に貯金を持ち逃げされて途方に暮れている。一方、カナダ国境にまたがる半自治組織・モホーク族「保留地」で、やはりトレーラーハウスに住むライラ(ミスティ・アップハム)は、義理の母に子どもを取り上げられている。この極貧のシングルマザー二人が、カナダとの国境になっている凍結したセント・ローレンス河を往還してアメリカへの不法移民をクルマで運ぶというやばい仕事で稼ぐことになった。

そしてあるとき、二人はパキスタン難民の重い荷物を赤ん坊と知らずに捨ててしまう。やっと探し出した赤ん坊は仮死状態だったが、抱きしめるうちに奇跡的に息を吹き返した。そんなことからお互いに人種的な不信をもってそねみあっていたレイとライラの間に固い絆が生まれてゆく。これでもうやめようようと思った最後の仕事ではしかし、トラブルがあって犯罪が発覚し、保留地の法的立場からレイかライラのどちらかが入獄しなければならなくなった。レイは自分が刑に服する決心をする。ライラがそうすれば息子との将来の共同生活は絶望的だからだ。苦労人らしい警官に「誰が子どもを育てるのか」と聞かれてレイは答える。「ともだちです」と。

春になった。レイの息子たちとライラの幼児がトレーラー前の芝生で遊び、レイの出獄を待っている。そのラストシーンはかぎりなく美しい。



その他いくつか

今回はこのほかにもいくつかの推薦したい作品がある。

まず、限りない暴力の連鎖を断ち切ろうとして、あまりに哀切な結末を迎えるやくざな青年を活写する韓国の傑作『息もできない』(ヤン・イクチュン監督・主演)。それから、『17歳の肖像 』(ロネ・シェルブルグ)と『プレシャス』(リー・ダニエルズ)を紹介したい。前者は、スマートだが中身の空っぽな中年の女たらしに惹かれて挫折したイギリスの中産階級の高校生(キャリー・マリガン)、後者は、義父の性的虐待や妊娠・出産、母の暴力、そして貧困に押しつぶされてぼろぼろの日々を過ごす肥満体の黒人女性(ガボレイ・シディベ)と、ヒロインの立場や受難の程度はずいぶん異なる。しかし、この二人はともについには頭を上げて新しく歩み出す。自立とは、一人でがんばる意志だけではなく、必要なとき、しかるべき人に「Help Me!」ということができることなのだ。この二作品は、そんなことを私たちにあらためて痛感させる。