この映画を見て!
その11 2011年7月~8月(11.8.6記)
「生涯ベスト」級の旧作2篇──『シベールの日曜日』と『清作の妻』
私の高校時代からの親しい友人のN氏は、生涯かわることのない映画ファン、信じられないほどの映画マニアである。その膨大な「Nコレクション」(DVD)のおかげで、若い日にものの考え方においてまことに大きな影響を受け、少なくとも私の「生涯ベスト20本」には数えられる映画でありながら、長らく再会がかなわなかった二作を鑑賞することができた。機会があれば、ぜひ見逃さないようにとお薦めしたい。
ひとつは、62年のフランス映画『シベールの日曜日
』(セルジュ・ブールギニョン)。 インドシナ戦争で現地の少女を殺してしまったことから記憶を失い無為の生活を送っていたピエール(ハーディ・クリューガー)は、父親に捨てられた教会寄宿学校の孤独な少女フランソワーズ(パトリシア・ゴッジ)と、本当の父親が迎えに来るはずの日曜日ごとに、美しい森や湖畔で逢瀬を重ねるようになる。あえて逢瀬といったのは、ふたりは擬似の親子でありながら、あたかも恋人のようであり、フランソワーズ(最後に彼にだけ教える本当の名は「木の精」シベール)は「少女」ながら、その表情や仕草にはそこはかとない「女」が滲むからだ。その不思議な魅力はたとえようもない。そしてピエールは、彼女への常識を踏みこえてゆく献身を通じて、理解あるナースの恋人(ニコル・クールセル)にも果たせなかった心の回復を遂げてゆく・・・。とはいえ、ある意味では当然のことながら、地方都市の人びとはこのような逢引きを許さない。その常識的な配慮と善意によってピエールは抹殺されるのである。
もうひとつは、65年の日本映画『清作の妻
明治時代の山村。日清戦争で手柄を立てて帰還した模範青年の清作(田村高広)は、ささやかな親切を契機に、パトロンの死後、村に戻ってけだるい日々を送り、村人たちからつまはじきにされていたお兼(若尾文子)にどうしようもなく惹かれ、ふたりは激しく愛し合うようになる。模範青年が性悪の「もと妾」にたぶらかされたとして、この愛は誰の祝福も受けなかったが、ふたりは結婚し、貧しいながら幸せな農作業の生活に入る。しかし、日露戦争による清作の再召集がふたりを引き裂いた。すさまじい孤独と心配のあげく、そしてお兼は、負傷していったん帰村した清作を死の「二〇三高地」に決して戻すまいと、五寸釘で清作の両眼を潰してしまう。
村長以下の村人たちも、取調べの憲兵も、失明は清作とお兼の共謀ではないかと疑う。「模範青年」は地に落ち、お兼は下獄する。村人たちはみな、偏狭で小狡く、仮借ない付和雷同の徒として描かれ、全篇、日本の「村共同体?」というものへの増村保造と新藤兼人(脚本)の嫌悪と批判が漲っている。私がとりわけ心をうたれるのは、何年かの服役ののち帰宅したお兼を、清作が「よう戻った!」と迎えるシーンである。清作は失明してはじめて、模範青年だったときにはわからなかった、差別され蔑まれて生きてきたお兼の心を理解できたのだ。これに続く「逃げないで、この村でふたりで生きてゆこう」という言葉は、いささか語りすぎの「くさい台詞」の感をまぬかれないけれども、この思想のスタンスは26歳の私をしたたかに感動させたのである。
上の2作品をふりかえると、尋常ならずとも必然的な愛をテーマとし、その愛と時代の常識的な秩序との間の緊張関係の描写が冴えわたっている、私はそんな作品にもっとも惹かれてきたようである。その好みは70代の今も変わらない。
精神病院の内と外──『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』
さて、この間、特筆したい新作のひとつは、『愛の勝利を』(マルコ・ベロッキオ)である。1907年頃から約30年間、イタリアの独裁者ムッソリーニ(フィリップ・ティーミ)をひたすら愛し続けたイーダ・ダルセル(ジョバンナ・メッソジョルノ)の悲劇を陰影ふかく描いて鮮烈な印象を残す。
イーダは、社会主義のアジテーター、実践者としてのムッソリーニに運命的に惹かれて以来、財産も人生も擲って愛人として終始、彼を助け、守った。生まれた男子は彼に認知され、(イーダの思い込みでは)ふたりは結婚するけれど、正式の妻子のあるムッソリーニは、第一次大戦の英雄として帰還し、以後ファシストとして首相にのしあがってゆく頃から、ひたすら彼につきまとうイーダを遠ざけ、ついには精神病院に入院させてしまう。今をときめく総統の正妻でなくたんに愛人だったと認めさえすれば娑婆で生きることはできた。しかしイーダは、みずからの愛の唯一性の尊厳に殉じ、この非道の措置はムッソリーニの真意ではなく「なにかの間違い」、自分と息子が正式の妻子だと虚しく訴え続け、37年、「精神病患者」のまま生を終えるのである。 さらに悲劇的にも、彼女から引き離されて長じた息子もまた、精神病院に送られている。グロテスクにもかなしく、彼は父ムッソリーニの空虚で激烈な演説の真に迫るものまねができる。けれども、ラスト近く、院内でそのものまねを演じるシーンで、彼が末尾にムッソリーニが決して言わなかった「(人びとよ)だまされるな」という言葉をつぶやくように加えるとき、私たちの心に突然、爽やかな風が吹きぬける。
この映画はときに当時の実写フィルムを交えて記録風にも描かれている。物語の前半のきびきびした運びは、複雑なイタリア現代史に通じていなければ少しわかりにくい。だが、精神病院を主舞台としてじっくりと描かれる後半はとくにすばらしい。そして私たちは見終わって、この映画には、当時のイタリア全体という「精神病院」のなかで狂気とされた愛がやがて正気のものとして復権するというメッセージが込められていると気づかされるのだ。45年、ムッソリーニは、別の愛人とともに民衆に処刑されるけれども、映画は、イーダを決して狂気とは診断しない医師、彼女の脱出をあえて助ける看護の女性、彼女がふたたび収監されるのに抗議する町民・・・などの点描に、当時でもまぎれもなくあった人びとの正気を見いだしている。ちなみにイタリアは今、人権尊重的な精神病治療の最先進国であるという。
『バビロンの陽光』──つらすぎるイラク現代史の一断面
もうひとつ、名古屋で同じ日にみたイラク映画『バビロンの陽光』(モハメド・アルダラジー)も忘れられない作品である。フセイン政権の崩壊後まもない2003年、戦争に動員されて戻らず、今ナシリアの刑務所にいるという息子を尋ねて、老母(シャザード・フセイン)と孫のアーメッド(ヤッセル・タリーブ)が、徒歩、ヒッチハイク、バスなどで、砂漠と戦災で荒廃したバクダッドを経て南へ向かう。この頼りない道行きの途上で出会う人びとは総じて親切でやさしいが、ふたりはあまりに無力である上、フセインのクルド人圧殺のもたらした状況はあまりにきびしい。父親は見つからず、共同墓地に累々と埋もれる白骨のなかにも手がかりはない。そしてむなしい奮闘の末、ついにアーメッドはバビロンの遺跡近くでひとりぼっちになってしまう。
こんな映画はつらすぎる。楽しい映画鑑賞とはいえない。やがて終焉を迎えたイタリア・ファシズムとは違って、イラクやクルド人の悲劇はなお眼前のものだ。それだけに明るい未来の予測がむつかしく、胸がしめつけられる。それでも、この色彩に乏しい簡潔で美しい映像、多くを語らない黒衣の人びとの嘆きの姿は、私たちが直視すべき現代史を語りうる、映画というものの力をまざまざと見せつける。傑作である。








