この映画を見て!



その8 2011年1月~2月(11.3.1記)

「母もの」もここまでくれば──『愛する人』と『ハーモニー心をつなぐ歌』

相変わらず映画大好きの新年がはじまってふた月、昨年の『カティンの森』のような重量級の名作はいまだしながら、推薦したい作品はずいぶんたまってしまった。今回は感銘を受けた多くの映画を、物語の細部にあまり立ち入らずに気軽に語りたい。

まず指を屈すべきは、『愛する人』(ロドリゴ・ガルシア演出+脚本)である。少女期に娘を産み、いま高齢の母親と暮らす51歳の療養士カレン(アネット・ベニング)は、養家とも離れシングルの有能な弁護士として自立している娘のエリザベス(ナオミ・ワッツ)と37年にわたり音信不通ながら、傷つくことの怖れから捜そうともせずあてどない悔恨の手紙を娘に書き続けている。この母と娘の心底のすさまじい孤独は、二人をおよそ人間関係について懐疑的にさせ、それぞれの新しい愛の深まりを拒ませもする。だが、エリザベスは、思いがけず愛人の先輩弁護士の子を身ごもったとき、優しい彼と別れてあえて出産しようとする。カレンもまた新しい結婚に進んでゆく。そして二人はついにはじめて、お互いを捜そうと試みはじめる・・・。

このような二人の心の変容は、お互いの孤独の凝視だけではなく、成熟した配慮に満ちたそれぞれの愛人、その娘や妹、エリザベスが出会って心を開く目のみえない少女など、二人を取りまく人びとの暖かい促しにも支えられている。たとえばカレンの愛人の妹の言葉のなんと美しかったことだろう。人を自閉と孤独から救うものはどこまでも周囲の人びととのふれあいなのだ。

高齢出産の無理もあってエリザベスは死ぬ。機関の事務的なミスでカレンとエリザベスはついに再会できなかった。生まれた子は、養子を切望していた黒人のルディ(ケリー・ワシントン)に引き取られる。しかしルディの心は広く、カレンはいつも孫をたずねることができる・・・。痛恨の思いは残るけれど、母と子の絆のかけがえのなさ(原題は mother and child)がしっかりと伝わる感動的な結末である。名優A・ベニングをはじめ、この三人の母たちを演じる女優たちはすべてすばらしい。


『愛する人』は稀にみる「母もの」の傑作にほかならないが、韓国映画『ハーモニー 心をつなぐ歌』(カン・テギュ)もまた、その要素をもつすぐれた作品である。

ソウルの女子刑務所で、DVの夫殺しで服役するジョンヘ(キム・ユンジン)が中心となって、性的虐待の義父を殺したユミ(カン・イェオン)らとともに困難を乗り超え、浮気の夫と愛人を衝動的に殺して死刑判決を受けているもと音大教授ムノク(ナ・ムニ)を指導者、理解ある看守を伴奏者として合唱団を組織し、市の合唱コンクールに特別出演するまでに育てる。この主題に、刑務所で出産したジョンヘの子どもとの別れ(韓国の規則では服役者は18ヶ月にかぎり育児ができる)、公演後ついに行われるムノクの処刑といったエピソードが絡んでくる。この社会での女性の生きがたさゆえの服役を扱うこの種のドラマは、やがてしらける安直な「お涙ちょうだい」ものになりがちだが、この作品では、互いに心を閉ざし諍いも絶えなかった女性たちが数々の名曲に声を合わせジョンヘの育児を助けるうちに、生きる歓びを取り戻してゆく過程が細かく描かれているだけに、本当に泣かされてしまうのである。

これは事実にもとづく物語という。だとすれば、女子寮のような同房の生活、看守らの暖かい配慮、女たちの自虐からの自由などに、私たちは韓国という社会のまぎれもない人権感覚の成熟を感得することができる。「いい作品!」というほかはない。


ドキュメントのベストスリー

韓国の女性の人権感覚といえば、一昨年に見た『外泊』(キム・ミレ)の大きな感動が思い起こされる。大手スーパーマーケットでの解雇に抗う非正規雇用レジ・ワーカーたちの、2007年6月からおよそ510日間にわたる職場内外の座り込み闘争を活写するドキュメントである。非情の資本の論理にも旧態然の夫の求めにも閉じ込められていた彼女らにとって、職場での「外泊」は二重の意味で解放だった。はじめてのスピーチや歌や踊りに弾ける女たちのエネルギーはまぶしいほどだ。組織的支援のない闘いは困難をきわめ、女たちは会社と国家権力の弾圧のうちに経済的にも困窮し、あるいは家庭のしがらみにもとらわれてついには敗北する。その怒りの涙はしかし、日本にも数多い非正規パートタイマーの明日のため流されたものにほかならない。

ちなみに私にとって近年に見た記録映画のベストスリーは、この『外泊』と、中国のジーンズ工場での過酷な労働の日々をそれでも懸命に生きる、10代の出稼ぎ「女工」を描く05年の『女工哀歌 』(ミカ×ペレド)と、最近テレビの録画ではじめてふれた74年の『ハーツ・アンド・マインズ (ベトナム戦争の真実) 』(ピーター・ディヴィス)である。ベトナム戦争を凝視するこの記録映画の傑作は、あの汚れた戦争の生々しい悲惨と、そこに関わって傷ついた(あるいは厚顔無恥な指導に携わった)広汎な人びとの苦渋の(あるいは開き直った)発言をみごとに伝える。アメリカの映画づくりの豊富な資源と70年代初期には実在した批判的な表現の自由との、まことに幸福な一致がここにある。


その他いくつか

洋画ではこのほか、『アンストッパブル 』(トニー・スコット)がおもしろかった。列車の暴走を止められないパニック作品は数多いが、これは出色の出来であろう。リストラ退職を前にしたベテラン運転手(デンゼル・ワシントン)、昇進して運転職から「脱出」したい若手(クリス・ペイン)、有能な操車主任の女性スタッフ(ロザリオ・ドーソン)らが、協力して間一髪で危機を回避する。むろんスリル満点。労働者の技能と勇気の働きように焦点が据えられているところが私などにはうれしい。

邦画では、昨年見逃していた『川の底からこんにちは』(石井裕也)が、やはり快作であった。故郷を駆け落ちして男に捨てられ、万事「私なんかどうしようもない。しょうがないですよ」が口癖だったOL(満島ひかり)が、シジミ・パッキング工場を営む父の重篤で、男とその息子とともにいやいや帰省する。だが、すったもんだのあげく、彼女はこうべをあげ、「みんな中の下、どこが悪い」「政府に殺されるな!」と宣言。意地悪だったパートのおばさんたちの協力も得て、破産寸前だった工場の経営を建て直し、ぐうたらな男と息子の寄りかかりまで引き受けてしまう。喜劇タッチながら、無気力から前向きに転じてゆく若い女性の変貌を、満島ひかりが百面相よろしく魅力的に演じている。

もうひとつ。函館市とおぼしき斜陽の地方都市を舞台にした五つのオムニバスともいうべき作品『海炭市叙景』(熊切和嘉)にもふれたい。一つひとつの物語は切実な説得性を備え、いつまでも見ていたい気になるけれど、投げ出されたままの感じだ。大波が押し寄せるような感動は訪れず、ある満たされぬ思いはわだかまる。18人の鬱屈の物語を綴る佐藤泰志の原作も、主人公たちと同じ鬱屈を読者に残すだろう。

最後に、評判の『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』(平山秀幸)について、佐藤忠男は「日本の戦争映画で描くのがもっとも難しいのは降伏ではないか」(要旨)と評価している。まことに佐藤ならでの名批評というべきか。この映画のヒーローは、正規軍崩壊後のサイパンで、一人の日本人を自決させず、最後には部下とともに整然と降伏する隊長(竹野内豊)である。本当に立派な軍人もいたものだと思う。しかし、描写は淡泊にすぎ、状況の容易ならぬ困難がいまひとつ伝わってこないうらみがある。