この映画を見て!
その1 2009年私のベスト(10.3.20)
もう半世紀以上にもわたって、私は自分でもどうして? と思うほどの映画ファンだ。「高齢者」になった今でも、いや時間にゆとりのある今ではいっそうというべきか、映画館での新作、テレビのBS2やハイビジョンでの古い秀作・名作──ほとんどはかつて見た作品──をあわせると、鑑賞作品は年に100本以上にはなるだろう。
映画ってほんとにすばらしい。数知れぬ映画体験は、私の研究のスタンス、人間と社会への視点、要するに私の発想のすべてに大きな影響を与えている。その一端をかつて映画好きの友人とともに出版した『映画マニアの社会学
』(明石書店、1997年)に寄せた「映画のなかの労働者像」に記したこともある。また在職中は、学生たちに映画を語り奨めることも、大切な「教育」の一環だった。
もっとも、私が感銘を受ける映画はいま興行的に人気のある作品とは限らないことも多い。しかしそれだけに、奨めたい映画作品への私の熱い思いを、フリーになった今はいっそう、誰か「聞いて、聞いて」という感じにいつも襲われている。映画「評論」としてはまったくの素人ながら、HP発信をはじめるにあたって、「この映画を見て!」欄をあえて加える気になったわけである。
これから、ときとして旧作にふれながらも新作を中心に、月々、およそベストスリーを選んで、たとえば類似の作品とくらべてなぜよかったかなどを自由に語るつもりである。しかし初回では、私なりの「2009年のベスト」を、おおよその順位にしたがってあげてみる。
【外国映画】
- (1)チェンジリング
(クリント・イーストウッド)
- (2)母なる証明
(ポン・ジュノ)
- (3)セントアンナの奇跡
(スパイク・リー)
- (4)レスラー
(ダーレン・アロノスキー)
- (5)シリアの花嫁
(E・ソクリス)
- (6)懺悔
(テンギス・アラブセ)
- (7)愛を読むひと
(スティーヴン・ダルドリー)
- (8)スラムドッグ$ミリオネア
(ダニー・ボイル)
- (9)縞模様のパジャマの少年
(マイク・ハーマン)
- (10)あの日、欲望の大地で
(ギジョル・アリエガ)
- 番外:「Weabak:外泊」(ウェバク)(キム・ミレ)
(※リンク先では監督インタビューや上映スケジュールが掲載されています)
【日本映画】
- (1)ヴィヨンの妻
(根岸吉太郎)
- (2)ディア・ドクター
(西川美和)
- (3)女の子ものがたり
(森岡利之)
- (4)ゼロの焦点
(犬童一心)
- (5)空気人形
(是枝裕和)
- *私の場合、洋画に匹敵するようなベストは他になかった・・・
それぞれの作品がなぜすばらしいかを十分に述べるには、ある程度のストーリーの紹介を不可欠とするが、新著の「大作」執筆後の私には今そのエネルギーがなく、今はとりあえず、作品名をあげるにとどめたい。けれども、私がこんな映画がいいと思う理由についてだけは、初回でもあり、ここに総括しておこう。
選択の唯一の基準はほかでもなく感銘である。理屈ではない。とはいえ、ある意味では主観的なものにすぎないその「感銘」も、私の場合、顧みれば下記のようないくつかの要素に促されていることがわかる。これはいわば、私なりの「いい映画」の基準である。
- なによりも、ストーリーが傑出していること。物語に説得性、切実さ、ヒューモアー(おもしろぅてやがて悲しき・・・というもの)、あるいは思いがけなさやグロテスクなまでの凄さがある。さらに望むらくは題材を扱う監督の視点に社会的な広がりや思想的な深みがある。
- 主人公から「ちょい役」にいたるまで登場人物に存在感がある。
- 心にしみる台詞やきらめくようなシーンがある。
- 主演俳優の演技がすばらしく、表情に輝きと陰影がある。
- 映像美にあふれている。
- 上のすべてに関連することながら、要所にカタルシス(いわば「やったー」という快感)があり、ラストシーンがふかい余韻を残す・・・。
ベストに選んだ作品はいずれも、これらの要素のすべて、少なくともそのいくつかを満たしている。わけてもストーリーの傑出性はおよそ秀作の不可欠の前提であって、上に上げた映画は、切実さ(洋画の(1),(2),(7))、悲しさ(洋画④⑨、邦画(4))、暖かさ(邦画(3))、わくわくさせるおもしろさ(洋画(3))、グロテスクさ(洋画(4),(6))、主人公の最後のあゆみに引きおこされる共感(洋画(5),(10)、邦画(1),(3))など、ニュアンスはさまざまながら、要するに物語がすばらしいのである。
もちろん映画の感銘は、出演俳優の感情表現のみごとさによっても大きく左右される。09年、とくに惹かれたのはアンジェリーナ・ジョリー(洋画(1))、キム・ヘジャ(洋画(2))、ミッキー・ローク(洋画(4))、ケイト・ウィンスレット(洋画(7))、そして松たか子(洋画(1))であった。『ヴィヨンの妻』の成功は、監督や脚本(田中陽造)の功績もさることながら、「人妻」のやりきれなさを鮮やかに女性の心の自立に転化させてゆく、その軌跡を陰影ふかく演じる松たか子に負うところが大きいように思われる。
ところで昨年、一般にはきわめて高い評価を得た『グラン・トリノ 』と『沈まぬ太陽
』を私はベストに加えていない。前者は、テーマの社会的な広がりのもつおもしろさにおいて、同じ監督の『チェンジリング
』に遠く及ばないと思う。なによりも主人公(C・イーストウッド)を死期まじかな病と設定したことが、彼の最後の投企の心意気と思いがけなさをずいぶん相対化してしまっていて、私には今ひとつだった。
後者については、なぜあれほど評価されたのか私にはわからない。人物造型があまりに大雑把にすぎる。山崎豊子の原作を私は読んでいないが、ともかく映画では、a.戦闘的な「経済闘争」を闘う、b.被差別的な海外派遣をくりかえす、c.ジャンボ機墜落事故に際し被害者の立場に立って救済に献身する、d.日航再建に奔走する、e.最後にはまた従容としてアフリカ派遣となる・・・という、退職という逃げを拒んだ一サラリーマン生活の長い軌跡のなかで、主人公恩地の仕事や会社に対するスタンスはどのように変わったのかがまったく描かれていない。a.の行動とc./d.の献身の原理が同じであったはずはないだろう。あえて恩地のビヘイビアをいつも「会社のためだった」と想定するのなら、最小限、第一組合の弾圧と日航墜落事故との間には深い関連があったということ、たとえば組合弾圧やリストラが安全第一の整備業務の軽視を招いたということを映像化しなければならない。しかし、ふたつの重要なエピソードはストーリーのうえで無関係に扱われているばかりか、総じて恩地というサラリーマンの人格や意識と、会社の施策や彼への処遇との関係を問う関心が見えないのである。こうして造型されたいつも「立派な」不屈のサラリーマン像・日本人像が、企業のなかで働く人びとの多くにとって、なんらのメッセージ性ももたない、疎遠な存在であることはいうまでもない。大作『沈まぬ太陽』は、監督・若松節朗の、いやこれがもてはやされるという意味では日本映画界の、労働のなかの人びとを描くに際しての無思想ぶりを如実にあらわしている。
5月に予定している次の更新では、2010年1月~3月あたりのベスト、6月の更新では4月~5月ごろのベストを紹介しよう。次回から取り上げる作品は限られてくるだけに、コメントや推薦の辞はもっと丁寧にしたい。






