読書ノートから



その3 2010年初夏 (10.7.16記)

若者就業問題の一研究

このところ旅行が続いたこともあって本職の労働研究から遠ざかっているけれど、わずかの読書のうち、小杉礼子『若者と初期キャリア―「非典型」からの出発のために 』勁草書房(2010年)が、「おもしろい」とはいえないにせよ、とても「勉強になる」良書であった。労働政策・研究機構によるいくつかの調査研究に主導的な役割を果たしてきた小杉の、若者の就業に関する考察を集大成した本書は、どんなハンディを負う若者が労働条件の劣悪な「非典型」雇用に追い込まれるのかを手堅く実証している。「要因」の指摘が周到であるだけに、ここには不遇の若者たちへの自己責任の追及やバッシングはみられない。学卒就職から外れた非正規雇用者が職業能力を獲得し正社員に移行する経路を広げたいというのが小杉の意図である。

若者が働くとき―「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず 』ミネルヴァ書房(2006年)に込めた私の問題意識からすれば、本書にも一定の不満はある。内容紹介もふくめくわしくは近く『日本労働研究雑誌』に掲載される書評にゆずりたいが、不満は結局、小杉がさまざまな職場になお必要とされる膨大な下位職務を昇格が許されない非正社員に継続的に担当させるという90年代の「キャリア分断」の企業労務を、労働政策や労使関係によっては動かせない与件としているかにみえることに帰着する。


『社会政策』誌の特集──福祉社会の変貌と労働組合

そういえば、今ではめずらしく(というべきか)現時点における労働組合の役割についての学会報告を掲載する、近着の社会政策学会編『社会政策 第2巻第1号(2010JUNE) 』(2010年6月)が私の眼を惹く。ここでは五人の有力な論者が、「分配機能」、非正社員の処遇、セーフティネット構築などにみる現代日本の組合主義の問題点を指摘し、その克服の芽を探っている。福祉社会なればこそ組合機能の役割は高まるという大会共通論題の問題意識は正当であり、また多くの論考の考察はいずれも丁寧である。

論者たちは総じて、はじまったばかりの、あるいはあまり注目されない小さな営みのなかにも組合活動が「再生」する希望を見いだそうとしている。それはいい。私もこのサイトのエッセイ「その3」ではその立場を選んだ。だが、それにしても、これらの論文には、組合主義の具体的な成果──組合のこのような「協議」や運動によって状況はこのように改善された──の情報は意外に乏しい。たいていは望ましいアジェンダの紹介に留まるか、「・・・ができれば『社会運動ユニオニズム』になる」といった希望的観測が述べられるにすぎない。今日、正社員、非正社員を問わず、働く人びとの労働組合に対する評価はほとんど絶望的なまでである。そのことを見据え、研究者はもっと表明された方針とやりきれない現実との懸隔を凝視し、その懸隔がなぜ生まれているのかを忌憚なく抉り出すべきであろう。このようなラディカルな(根底的な)批判の忌避ゆえに、諸論文のもたらす衝撃や感銘はいまひとつである。


『源氏物語』──私の読み方

さて、専門分野の勉強は不十分ながら、この間、一般書や小説の読書は数多い。厳冬から晩春にかけては、以前からいちど、と思っていた瀬戸内寂聴訳『源氏物語文庫・全10巻 』講談社文庫(2007年)を読んだ。『源氏物語』について解読めいた文書を書く勇気はもちろんないが、予想以上におもしろかったこの古典は、私見ではこう読める。

(1)これはなによりも、光源氏という諸学・諸芸に秀でた美貌の貴人に生きるよろこびを贈った多くの女たちの心づかい・心映えの物語である。自我の濃淡さまざまな女たちの性格の描きわけはみごとというほかはない。

(2)しかしその女たちは、源氏と関わることで生活保障は得たとはいえ、それぞれに自足を遂げた明石の上、花散里などを例外として、ついには満たされることなく、次々に出家するというかたちで去ってゆく。かの紫の上でさえ、わが身のはかなさを顧みてそう願い、許されぬままに衰え果てる。1912年、与謝野晶子は「物語には女たちの苦しみが書かれている。自分にはそうとしか読めない」「今、現に私が個人として直面している女の苦しみが、いかに源氏物語の登場人物と似ているか・・・」と「啖呵を切った」という(島内景二『源氏物語ものがたり 』新潮新書、2008年)。そうであればこそ、晶子をはじめ、円地文子、寂聴、田辺聖子など、まぎれもなく自立的な「女流」たちが、この好色きわまる光源氏を主人公とする物語に打ち込んだ理由もわかる気がする。源氏物語は、社会的には人格を認められなかったこの時代にも、女性たちがひっきょう心の自立を遂げてゆく物語なのだ。それゆえ、もう若くない源氏がそのことをしたたかに思い知らされる「若菜(上)(下)」を頂点として、以下、紫の上が死を迎える「御法」にいたる諸章が私にはもっとも切実であった。

その後に読んだ若城希伊子『源氏物語の女 』NHK出版(1979年)は主として上の(1)を、近藤富枝『読み解き 源氏物語 』河出文庫(2008年)は主として上の(2)を、それぞれに確認させてくれた。なお瀬戸内本は平易な上に、それぞれ巻末にわかりやすい梗概と解説があって、最初に読むのはまさにこれと納得させるけれど、私はもう少し気取った文体が好きだ。今度は円地文子本を読みたいと思う。


ほかに奨めたい二冊

本は、とくに専門外の本は、おもしろくなければならない。その点で奨めたいのは、たとえば、トム・ロブ・スミス(田口俊樹訳)『チャイルド44(上)(下)』 新潮文庫(2008年)である。公式には犯罪はないとされ、政治犯以外の捜査は弾圧される(?!)というスターリン体制下のソ連で、良心的な国家保安省の捜査官が妻とともに、あらゆる妨害を乗り超えて子どもたちの大量虐殺の真相を突きとめてゆく。この体制の欺瞞と抑圧のあまりのすさまじさはホント?と疑わせるほどで、またヒロインの超人性もやや気になるけれど、まぁ「読ませる」ことだけは請け合いである。

もうひとつ、私の好きな作家、角田光代『トリップ 』光文社文庫(2007年)もいい作品である。これは駆け落ちに失敗した女高生、薬物中毒の主婦、結婚生活に倦んだ肉屋の嫁、いじめられっ子の少年と再婚できない母、ひがみ屋の古書店の店員、年上の不倫相手が離婚してしまったために結婚せざるをえなくなった若い男・・・など、希望というものがはっきりしたかたちで胸に宿らず、現実の生活状況になにかしら居心地の悪さ、疲労と鬱屈を抱えた人びとのエピソードをつなぐ短編集だ。どうするんだ?と私たちはいらいらするけれど、それでいて、彼ら、彼女らはなにかしらの小さな救いに恵まれてなんとか生きてゆく。この人の文学でしか味わえない余韻が、やはりそこに残るのである。